2006年 9月 7日

岩出ロータリークラブ例会にての講演内容

 本日このような卓話のお時間を頂き、誠にありがとうございます。
 「次期政権に求めるもの」とテーマを掲げさせて頂いておりますが、私なりに考える、今後日本のあるべき姿をお話させて頂きたく思います。
 その前に、交換留学生であるエミリさんを拝見し、私が約20年前にイギリスへ留学した際のことを思い出していました。当時、私もイギリスのロータリークラブの方々に大変お世話になりました。長年にわたり、国際交流を行う中で、多数の国際人を育てていらっしゃることに対しても敬意を表したいと思いますし、また、海外で日本人が活躍できる素地を作るのが我々政治家の役割であると思っております。
 話を元へ戻します。
 先月、私は日本のODAについての海外視察にインドネシア・シンガポール・マレーシアの3カ国を訪問しました。その訪問先であるインドネシアのダム建設地で、私たち視察団は驚くべき事態に遭遇したのです。それは本来、友好のために使われるべくODAであるはずなのに、現地のダム反対派の400〜500名のデモ隊に取り囲まれたのです。日本のODA反対とは本末転倒、筋違いな話であります。しかし、そこで思ったことは、日本のODAは対政府であって、対国民ではないということであります。相手の国の国民に目を向けた政治・外交ができていないのです。日本国内に目を向けてもそうであります。今日のいくつかの外交政策では、国民感情と乖離しているかの印象を受けざるを得ないものもある一方で、国益は経済的観点からとらえるだけでなく、地理上、歴史上の考案を含めて戦略的な視点が必要なはずです。
 そうした大きな意味での国益を守っているということを国民に示すことこそ、国民に理解され、国民に支持される外交に繋がると私は思うのであります。
 時間の都合上駆け足になりますことをお許し頂いて、総裁候補の安倍晋三先生が「再チャレンジ」という理念を目指されております。同感であります。しかし、私はもう一つ、その理念とは表裏一体のものとして、安全セーフティネットの充実ということも重要ではないかと思っています。挑戦というものは最低限のセーフティネットが敷かれていて初めてなし得るものであると私は考えるのです。
 最後になりますが、努力が報われ、再チャレンジできる社会をという理念が、今こそ問われている時はありません。人の幸せを定義するのは、はなはだ困難ではありますが、人生いかにいくべきかの哲学なくして政治はないと、その覚悟を次期政権に持って頂くことを期待し、本日の卓話を終わらせて頂きたいと思います。